杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

蔵書始末記5 『批評の解剖』

「叢書・ウニベルシタス」最初の一冊

映画学校の学生だった頃、私は川崎市のある古書店で、客だった文藝評論家と知り合いになりました。当時の私はすでに映画の道を諦め、物書きの道に進もうと決めていて、知り合いになったその文藝評論家に文学のことをあれこれ教わっていました。

その頃の私は幻想文学の書き手になりたいと言い、澁澤龍彦やポオなどの小説をせっせと読んでいました。当時のことを思い返すと、もう、忸怩たる思いしかありません。

さて、私はある経緯から、その文藝評論家から幻想文学をやるならこれを読めと、課題図書を五冊与えられました。その五冊とは、ポール・ツヴァイク『冒険の文学』、ツヴェタン・トドロフ幻想文学―構造と機能』、ロラン・ブルヌフ、レアル・ウエレ『小説の世界』、大岡昇平『現代小説作法』、そしてノースロップ・フライ『批評の解剖』でした。もう二十年近く前のことなので自信がありませんが、たしか、この五冊でした。

フライの『批評の解剖』は、たしか私が初めて読んだ法政大学出版局の「叢書・ウニベルシタス」シリーズの一冊です。今は新装版が出ていますが、読んだのは恐らく1980年刊行の旧版です。

過去の西洋文学を価値評価はせずに構造化し、分類してみせた古典的名著です。物語の文学は、ロマンス、悲劇、喜劇、皮肉などといった分類でしたが、いかんせん訳文は恐ろしく難しくて理解しづらかったのを記憶しています。

たしかフライは、批評家はそれぞれ自分の批評的宇宙を持っていなくてはならない、といったことを最初の方で述べていました。私は素人ながらその文章に感銘を受け、それを文藝評論家に伝えたら共感してくれたのを覚えています。

その文藝評論家とはその後いろいろとあり、今は連絡が途絶えていますが、私のために選んでくれた五冊はいずれも優れたチョイスだったと思います。感謝しなくてはなりません。

本書は長年にわたり私の書架の一隅を占めていましたが、古典的名著であるだけに、公立図書館であればだいたい蔵書されています。自宅で毎日のようにページを開くわけではないので、このたび別れることを選びました。ありがとう。