杉本純のブログ

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「複式履歴書法」

二つの履歴書を作る

鈴木輝一郎先生の『何がなんでも新人賞獲らせます!』(河出書房新社、2014年)に、「複式履歴書法」という小説技法が紹介されています。鈴木先生曰く、「この小説技法がいちばん新人賞の予選を確実に通る模様」とのことです。

この技法は、小説の登場人物の履歴書を二つ作る、というもの。複数作るから「複式」です。

履歴書Aには一般に流通しているJIS規格の履歴書を使い、登場人物の履歴を埋めていきます。履歴書Bは、ストーリーに合わせて変化するものを記入します。JIS規格の履歴書にはない項目で、その人物の人生を形成した経験や体験、また価値観などです。

私は他人の履歴書(職務経歴書)や、価値観や過去の体験を記した自己PR文を読んだことがありますが、履歴書Aはもちろん前者で、履歴書Bは後者にあたるような気がします。

事典づくりのような

面白いのは、履歴書Aは、「その人物になりきって、あなたの作品世界に『就職』するようなつもりで書く」と鈴木先生が書いているところです。人物は、小説の世界で何らかの役割を果たすために造形される、ということでしょうか。

また、さらに面白かったのが、この「複式履歴書法」でたくさんの複式履歴書を完成させたら、自動的に作家や小説シリーズの事典ができあがるぞ、と思えたことです。

バルザック「人間喜劇」のハンドブックや米澤穂信の「古典部」シリーズのガイド本を読んだことがありますが、それらは言わば小説世界の「事典」であり、人物相関図や人物一人一人の来歴や性格などが細かく記されています。私は上記の小説が好きですが、ハンドブックを読むのも同じように好きで、いつか好きな作家のハンドブックを書いてみたいと思ったほどです。

複式履歴書を作成するのは、小説世界の事典を書くことに近い。そして、小説のハンドブックを書くということは、その小説を研究するということです。

おかしな感じですが、「小説を創る」というのは、自分の小説世界を研究する、ということなのかもしれません。