元はフローベールの言葉?
才能とは何か、についての名言として有名な「才能とは持続する情熱である」は、モーパッサンの言葉であるらしいです。私がこの言葉を知ったのはネット記事などを通してでしたが、その記事を書いた人は、恐らくモーパッサンの作品は読んでいませんでした。モーパッサンがいつ、どこでそういう言葉を書いたのかは結局よく分からないままです。
そういう状態でしたが、谺伊之助訳の『ゴッホの手紙 中』(岩波文庫、1961年)を最近読み、ヒントらしきものを見つけました。ゴッホから弟のテオドル宛の手紙(第470信)に、次のようなくだりがあります。
いまモーパッサンの〈ピエールとジャン〉を読んでいる。まったく美しい――君は序文をよんだかい、芸術家が小説のなかで自然をより美しく、より単純に、優しくするために誇張して書く権利があると説いている。そしておそらくフローベールの次の言葉『才能は長い努力の賜物であり』、独創性は強い意志と鋭い観察によって齎らされる、という意味のことを敷衍したかったのだろう。
「才能とは持続する情熱である」は、上の「才能は長い努力の賜物」のことではないか、と思いました。だとすると、その言葉を最初にモーパッサンに伝えたのはフローベールということになります。
オリジナルはビュフォン?
モーパッサンの『ピエールとジャン』は日本では新潮文庫などで出ており、電子版もあります。その冒頭には「小説について」という著者による文章があり、これは長篇小説について論じたもので、正確には『ピエールとジャン』の序文ではないようです。
その中には、モーパッサンがフローベールに自分の試作品を読んでもらい、次のような返事をされたことが書かれています。
「きみがいまに才能を持つようになるかどうか、それは私にはわからない。きみが私のところへ持ってきたものはある程度の頭のあることを証明している。だが、若いきみに教えておくが、次の一事を忘れてはいけない。才能とは――ビュフォンの言葉にしたがえば――ながい辛抱にほかならない、ということを。精を出したまえ」
「才能は長い努力の賜物」は「才能とはながい辛抱にほかならない」。フローベールもまたビュフォンという人の言葉を引用していたことになります。このビュフォンとは18世紀のフランスの博物学者であるらしいです。
ビュフォンがいつ、どこでこの言葉を述べたかはわかりませんが、フローベールがそれを引用して伝え、モーパッサンも口にするようになった、というのが経緯なのかも知れません。