杉本純のブログ

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エドガー・アラン・ポオ「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」

エドガー・アラン・ポオの長篇小説「ナンタケット島出身のアーサー・ゴードン・ピムの物語」(『ポオ小説全集2』(創元推理文庫、1974年)所収、大西尹明訳)を読みました。

この小説はポオ唯一の長篇で、ジュリアン・シモンズによるポオの伝記『告げ口心臓』(八木敏雄訳、東京創元社、1981年)には1838年に出版されたと書いてあります。ポオは1809年生まれなので、30歳になる前にこの長篇小説を書いたことになります。

その内容は、平たく言えば海洋冒険小説ですが、ポオ一流の怪奇と幻想に彩られた独特の世界になっています。しかも、捕鯨船の中の様子やそれを襲う嵐、人肉食や、南海の島にいる未開の土人や彼らとの戦闘なども、分厚い描写によってリアリティが維持されていて、読者を圧倒します。

本書は「地球空洞説」を採用したと言われているようですが、南極近くと思われる島や海に地底世界に続くような「穴」とか「裂け目」など、またそれを想起させる記述は、明確には見当たりませんでした。もっとも、ポオは別の小説「壜の中の手記」や「ハンス・プファアルの無類の冒険」などでも「地球空洞説」を暗示する記述を行っているらしく、本作はそれらと類似の箇所を指して予想されているだけなのかも。

本作はハーパーズ社というアメリカの出版社から刊行されました。ポオは、写実的で血なまぐさい作品を書くよう出版社から要望されて本作を書いたそうです。当時は恐怖・冒険小説が流行していて、本作はそれに迎合するものだったらしい。しかしポオの才能はその目的を達成するために力を発揮できなかったようで、実際の航海記のように受け取った読者からは奇想天外さに不満を示され、フィクションと受け取った読者からはその恐怖が悪趣味とされたそうな。一方、イギリスでは好評を博して再版もされたとのことです。