杉本純のブログ

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『あら皮』の描写

バルザック『あら皮』は長篇だが、その冒頭はバルザックの他の長篇と違い、物語の舞台となる地域を説明する分厚い描写がない。ただし分厚い描写そのものはやはりあり、それが行われるのは、自殺するつもりの主人公ラファエルが入った骨董屋の店内の珍奇な品々である。

私が読んでいる『あら皮』は藤原書店から2000年に出た小倉孝誠訳のものだが、ラファエルが骨董屋に入ってから「あら皮」を売る老人が現れるまで、商品の仔細な描写が10ページほど展開されている。

その描写はバルザックによくあるペダンチックな筆致で、博物学的な知識と凝った比喩表現のオンパレードである。とはいえ、やはり読み応えがあり、こういう描写があってこそ骨董屋の不気味さや「あら皮」の神秘性が際立つのではないかと感じた。

事物の背景を描き込むことは、小説の重量を大きくし読み応えを増す効果があるのかも知れない。背景を描きさえすれば読み応えが増すなどと短絡的に考えているわけではないが、小説で主に描かれる「行動」や「場面」の背後にあるいくつもの物語も描くことで、小説世界の味わいが増す、といった効果がある気がする。