杉本純のブログ

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バルザック「赤い宿屋」

バルザック「赤い宿屋」(『ツールの司祭・赤い宿屋』(水野亮訳、岩波文庫、1945年)所収)を読んだ。これは、1799年、フランス人の医学生のタイユフェルとプロスペル・マニャンが、オージュロー将軍率いる部隊に合流しようとする途上、アデルナハというドイツの小さな町の「赤い宿屋」に泊まり、その晩に同宿の商人をタイユフェルが殺害し、マニャンが無実の罪を着せられ処刑される、という話を、後年、マニャンが最期を迎える時に傍にいたヘルマン氏がある銀行家の催した晩餐会で披露し、なんとその席にタイユフェルが同席していたのだが、真の犯人がタイユフェルだと確信したこの小説の語り手の若者が、タイユフェルの死後、その娘と結婚して良いものかどうか悩み、知人をたくさん集めて相談するという、前半は怪異譚、後半は滑稽譚の形を成す短篇である。

面白く読んだが、これはバルザックの中では凡作の部類に入るのではないかと思う。前半の晩餐会の様子、またヘルマン氏が話す劇中劇におけるドイツの赤い宿屋はバルザック得意の描写力が発揮されているが、後半ではそれが活かされず、話の運びがやや性急で、作りが雑だとすら感じる。とはいえ、タイユフェルという人物を『ゴリオ爺さん』『ニュシンゲン銀行』『麤皮』などと併せて読んで知る上では重要な作品ではないかと思った。