杉本純のブログ

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「にんげん」を描く

『映像の演出』(岩波新書、1979)は、映画監督である著者の吉村公三郎が自らの見聞や体験を元に、映像の演出、というより映画づくり全般について語った面白い本である。やや古いと感じるところも多いが、実体験に基づいていて述べているところなどはやはり説得力があり、うんうんと頷かされる。

中で溝口健二の映画づくりについて触れた、こんな一節がある。

溝口健二監督は人情劇、恋愛劇を問わず、「劇」の背景になる歴史的、社会的事象をつとめてとりあげ、それをからませながら「劇」をはこぶことを、シナリオ・ライターの依田義賢氏によく要求したそうである。これは人情劇、恋愛劇が甘っちょろくならないため、厚みと重さを持たせる効果をねらったのだという。
 溝口監督にとって何より重要なことは「にんげん」を描くことであり、「にんげん」を生きいき描くには、一つの側面からとらえるのではなく、多くの側面からみてそれを描くべきであると考えていたらしい。溝口監督がシナリオ・ライターに求めた歴史性とか社会性とかはこのためであろう。

依田義賢というと溝口映画ではお馴染みの脚本家だが、溝口のこの姿勢にはとにかくうんうんと頷くばかりで、私は溝口映画が大好きだし、私が小説を書く上で堅持したい姿勢もこういうことなんだと納得と確信を得られて嬉しくなってくる。