杉本純のブログ

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バルザック『暗黒事件』

水野亮訳のバルザック『暗黒事件』(岩波文庫、1954年)を読んだ。

ナポレオンの暗殺を企てていた貴族たちが、それを察知した秘密警察らの謀略により悲劇的な結末を迎える…という大筋は分かるのだが、登場人物があまりに多く、またそれぞれが名前でなく代名詞や異名を付けて書かれている箇所が数多あり、正直に言って「事件」の細かな紆余曲折が捉えづらかった。が、まぁ一つの事件が歴史の闇に葬り去られたということで、こういうタイトルが付けられたのだろう。

水野による解説の一節。

バルザックは)重苦しい空氣の底に獨裁政治の本質を見事に搜り當ててゐる。一國の空をとざす霧のやうな漠としたもの、すなはち政治の暗さがそれである。ナポレオンの獨裁を裏面から支えてゐたフーシェの秘密警察が、最高政治の面に壓迫を加へてゐたばかりでなく、草深い片田舎の城館に住む人々の運命を無殘に狂はせたその詳細な叙述は、「結び」における政治家たちの叛服常なき陰謀の場面と相俟つて、バルザックの政治に対する對する深い洞察を示すものであり、我々をして三思せしめる力を持ってゐる。

なおこの解説にはバルザックスタンダールの『パルムの僧院』を読み、五十年間の間に現れた本のうちで最も立派だと絶賛したエピソードなどが紹介されており、面白い。