杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

東京の都市再生の物語

島田章『ルポ 東京再興』(日本経済新聞社、2002年)を読んでいる。東京の都市再生の動きを取材した本。面白い。

私が特に関心があるのが、六本木ヒルズアークヒルズといった森ビルのプロジェクトで、それは森稔『ヒルズ 挑戦する都市』(朝日新書、2009年)を読んでその開発の過程が面白いと思ったからである。

中身はまだぜんぶ読んでいないのだが、ややバイアスがかかっていそうなのが気になるが、取材はかなり行き届いているようで、読み応えがある。

それにしても、こういう本を読むと、自分もたくさんの人に取材してこういう本を書きたくなってくる。。

文章よりも内容

百田尚樹『夢を売る男』(幻冬舎文庫、2015年)を読み返す機会があったのだが、興味深いところがあったのでつい読み込んでしまった。この小説は自費出版の世界を描いたもので、百田はいろいろ言われている人だが、この本は面白い。

さて興味深かったのは、「いい文章」について書かれている箇所である。

「ところで、部長」と荒木が言った。「前から疑問に思っていたのですが、いい文章の基準って何ですか?」
「読みやすくてわかりやすい文章だ。それ以上でも以下でもない。もうひとつ言っておくと、文章というのは感動や面白さを伝える道具に過ぎん。つまり、読者をそうさせることに成功した作品なら、その文章は素晴らしい文章ということなんだ」
「なるほど」
「世の中には、作品は面白いけど文章が下手だなとか、したり顔でのたまう奴がいるが、自分の言っていることの矛盾に気づいていない。面白いと感じたなら、その文章は下手ではない」

その通りである。中身をうんぬんせずに文章の良し悪しについてあれこれ言う人は少なくないが、だいたいが「ライターヲタ」だと私は思っている。あくまで内容あっての文章であって、内容がくだらないのに文章がいいからその記事がいい、などというのはおかしいと私は考えている。

加藤秀俊『取材学』(中公新書、1975年)は、すでに古い本であるものの、あくまで大切なのは素材であって技術でどうにかできるのはほんのわずか、と述べているところは、今にも通じると思う。もちろんそれは、特徴ある文体なんて必要ない、とか文章技術に価値はない、ということではない。

上記は歴然たる事実のはずだが、どうも勘違いしている人が多いと感じる。そしてそれは、「書き手」になることに憧れを抱いている、とはいえ自分の内部には書くべきものがない、といった人ではないかと思っている。

「この小説には血が流れていない」

「新潮」2021年7月号の平井一麥による寄稿「八木義德・野口冨士男 往復書簡集――純文学作家が書いた苦悩と手のうち」を読んだ。これは6月3日に田畑書店から刊行された『八木義德 野口冨士男 往復書簡集』についてその背景や刊行の経緯を述べたもので、面白い。本を欲しいと思ったが、値段を見て驚いた。。

八木と野口について述べているところ、佐伯一麦の名前も出てきて面白い。

多くの読者はいなくとも、二人には幸いなことに山田詠美さん、佐伯一麦さん、堀江敏幸さんというファンもいるのは心強い。

佐伯にとって八木は恩人で、野口に対しては、中上健次が書いた文章を通して知り、『かくてありけり』を読んで、徳田秋聲へと関心が広がっていった。二人の書簡集となれば、これは佐伯を追究する上でもけっこう重要な書物になるのじゃないか。

この寄稿には、八木から野口への書簡が一通、紹介されている。八木が、野口の「流星抄」の生原稿を読んだ感想を送っているのだが、その前に野口は八木に「この小説には血が流れていない」と伝えていたらしい。これに対し八木は「どうして血が流れなかったかは自分にとっても問題なのだ」と述べている。それは「作品全体から一つの「ポエジー」が浮き上ってこないということ」で、野口に対し「初心に立ち返って書き直してほしい」と言っている。

百田尚樹の『夢を売る男』には、主人公が、作家が自分の血で書いたような、真摯ですばらしい作品があることを述べている箇所がある。

それにしても、平井一麥は「かずみ」という名で、佐伯一麦と名前の読みが同じなのが、何となく二人の縁を感じさせる。

心理収入

本多信一『内向型人間の仕事にはコツがある』(大和出版、1997年)は、ちと古い本だがとてもためになる。

ここで言う「内向型人間」とは、今なら「繊細さん」に該当するのではないかと思えるが、そういう人でもきちんと仕事をして世の中の役に立ち、かつ(ある程度の)成功を手にすることができることが書かれている。内向型人間の特徴や性向、弱点はもちろん、その行動の仕方についてもとても引いた目で書かれており、見晴らしがいい。

著者の本多さんは現在は八十歳になるが、私は本書を読んでご本人と話してみたいと思った。こんな思いを持つのは久しぶりである。

さてその中に、ある大手銀行に勤める東大出の人物のエピソードが載っている。その人は内向型の人間だが、頑張って勤めたようで、管理職になって妻子もできた。しかし、どうやら本人は教育や福祉や宗教の方面に向いていたらしく、管理職になったもののやはり銀行を辞めることになり、貧乏を覚悟で自宅で塾を開くことになった。

私はこれで良かったのだと思った。教える仕事は、勉強好きの東大出の人にはピッタリだ。その収入は銀行員の管理職と比べたら、当然低くなることだろうが、“心理収入”は増加する(後略)

「心理収入」という言葉が印象的で、初めて見た言葉だがいいなぁと思った。お金は大事だが、心理収入はそれと同等か、あるいはそれ以上に大事だろうと思う。やはり人間、やりたいことをやって生きていくのがいい。

佐伯琴子『狂歌』

第10回日経小説大賞受賞作の佐伯琴子『狂歌』(日本経済新聞社、2019年)を読んだ。

福岡のフリーペーパーで働く女が、過去に一夜を共にした男に誘われて仮想通貨の取引所の社長になるが、不正を行ったことが明るみに出て閉鎖となる。男は死んだとされるが実は生きている。男の家は、かつて九州の中央部あたりの山深い街で金山事業を展開し、その金を元手に東京で料亭を開いた。男と父親には、男の恋人を巡る確執がある。女とその母親は男の一族と関係があり、女は男の父親への復讐心もあるのだが、男と関わる内に恋心を抱くに至り、クライマックスは男を追って海外に行こうとする。それは果たせないのだが、最後は海外にまで追いかけて行く。そして、男と女は実は腹違いの兄妹だった、ということが明かされる。

フリーペーパーとか仮想通貨とか金山とかがまぜこぜごった煮になった小説で、実にこってりとしている。

縁を切る覚悟

TBSのドラマ「ドラゴン桜」は最終回を迎えたが、何回か前は岩崎という、元はバドミントン部のエースだった東大志望生が、日本ユニシスの夏季のバドミントンの練習に参加して東大の勉強がおろそかになってしまい、阿部寛扮する桜木先生から東大受験専門クラスの「クビ」を宣告される、という回だった。ところが岩崎は、どうしても東大に行きたいと言い、桜木と対話する。岩崎は東大に向けて勉強していることを親に話しておらず、強化練習に参加するよう親から言われたのも、つまり親は東大受験のことなど知らないからなのだった。親に言わない背後には、自分をバドミントン選手にするため一生懸命になって時間とお金を捧げてくれたことへの感謝やら、申し訳なさがある。

桜木はそんな岩崎に、お前は優しい、と言い、しかしそれは本当の優しさじゃない、といったことを言う。岩崎が親に対し、自分が親が原因で苦しんでいることを言っていないからだ。親というのはある種の化け物で、東大に行くことを理解してくれないなら縁を切る覚悟で伝える必要がある、といったことを桜木は言う。そして岩崎は親に対し、「縁を切る」と実際に口にして東大に行くことを訴え、親に不本意ながら認められる形になる。

この「理解してくれないなら縁を切る」というのはとても重要で、テレビを見ていて、グッときた。親に限らず、身近なところにいる縁者というのは、自分のことを愛してくれているようで、実は支配していることがある。愛というのはたいてい条件つきで、無償の愛というのはなかなかないのである。

その呪縛から抜け出るには、ひとまず言葉で意志を伝える必要があり、それで駄目なら、相手との縁を切るしかない。自分の意志で人生を切り開くには、それくらいの覚悟が必要なのだろう。

私自身のことを振り返ると、私の考えを理解してくれない人に対し、絶縁めいた言動をとったことが数回ある。すると不思議なことに、相手は途端に私に対し優しくなり、どうか縁を切らないでくれ、というような態度を取り始めたのだ。

板橋区立熱帯環境植物館「アマゾン展」

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6月1日から27日まで開催していた板橋区立熱帯環境植物館「アマゾン展」。

世界最大の河川・アマゾン川の流域に生息する生き物を紹介するミニ展示である。

アマゾン川といえば、幼少期にテレビなどでたまに見て行ってみたいと思ったものだが、大人になってからは特にそんな風に思うことはなかったか。

展示ではピラニアやナマズや、「熱帯雨林の宝石」と呼ばれるヤドクガエルの仲間などがいて、こぢんまりとした展示だったが面白かった。

中でもピラニアはかなり獰猛そうな強面で、こんなのに襲われたらひとたまりもないなと思ったが、性格は臆病らしく現地ではそんなに恐れられていないらしい。ただし、怪我をして血を流していると危ないそうだ。へー。

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