杉本純のブログ

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「いい人」をやめる

是々非々のない幼稚な人

曽野綾子『「いい人」をやめると楽になる』(祥伝社黄金文庫、2002年)は、図書館で見つけて、タイトルに惹かれて借りました。

「敬友録」と銘打たれた本書ですが、きれいごとなし、本音の人生論。いいなあ。

 日本では、いい人の反対は悪い人だと多くの人が思っている。しかし現実には、いい人でも悪い人でもない中間の人が、人数として八割に達するだろう。私もまた、その中の一人、と思うとほっとして楽になる。
 実はいい人の反対は悪い人、と思う図式は単純思考の現れである。日本人は勉強家で優秀な人が多いのに、考え方が幼児化するのは、黒か白かでものごとを片づけ、その中間の膨大な灰色のゾーンに人間性を見つけて心を惹かれるということがないからかもしれない。

上記は「文庫本のためのまえがき」です。特に共感するのは後半のパラグラフで、まあ外国人だってそうかも知れませんが、身近な人の中には絶賛か全否定か、完璧か最悪か、の是々非々のない、物事を絶対的にしか考えられない幼稚な人が存外多い気がします。

私の考えでは、そもそも人間に単なる「いい人」「悪い人」はなく、その両方が矛盾しつつ共存しているのです。悪い部分が多い人は悪事をはたらいてしまい、悪人になる。その逆もある。完全な黒もなければ白もないのですが、どうも白黒つけたがる人が少なくない。

もちろん、好き嫌いというのはあるので、あの人はああいう嫌なところがあるから絶対無理、というのはあるわけです。当然その逆もあり、それは構わないのですが、どうもそれを良い悪いと混同している人がいます。好きな人はすべて正しい、嫌いな人はすべて間違っている、と。自分の好き嫌いが善悪と結びついているんですね。幼稚とはつまりそういうことだと思います。