杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

マウンティングとテリトリー

マウンティングという言葉はすっかり一般に普及した感があるが、これは動物の世界でオスが他のオスに対し自分の優位性を示す行為に由来するらしい。つまり男にせよ女にせよ、人間である以上は本能的な欲求ということだ。

私は、マウンティングをする人の意識は縄張り意識に等しいと思っていたが、オスの優位性誇示の行為が起源だというなら、縄張り意識そのものではないか、と思う。

縄張りというのはつまりテリトリーである。家庭にせよ学校にせよ会社にせよ、何らかの集団の中で生活や事業を営む場合は、上下関係がはっきりしている方が何かと都合がいい。集団が生活を営む領域の中で優位性誇示があるのは、ある意味で当たり前で合理的だと言える。まぁ、だからといってマウントをかけられる側が不快に感じるのも当然である。

ところで、私はこれまでいくつもの学校や会社で過ごしたが、その風土によく馴染めたと思ったことは一度もない。恐らく、一本気で柔軟性がない性格ゆえだろう。それゆえに、ある人にマウントをかけられると、馬鹿みたいに抵抗したりして損をした。抵抗したのは、私の方が優れた人間だと思ったからだが、今にして思うと、そういうのは無駄な抵抗に過ぎない。あるテリトリーの中で自分より優位に立っている人に抵抗するのは明らかな損だろう。よほどの理由がない限り、相手の方が優位にあるテリトリーの中でその相手と争ってはならない。