杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

佐藤愛子の強さ

「痩せ我慢の人生」

佐藤愛子『戦いやまず日は西に』(集英社文庫、1998年)を読んでいます。この本のことは別の本で紹介されていたのを読んで知り、かねて読みたいと思っていました。

本書は佐藤のエッセイ集で、1995年に海竜社より刊行されたもの。初出は何かの雑誌かと思いますが、読みたかったのは「瘦せ我慢の人生」というタイトルの2ページほどの文章です。

佐藤は本書の別の項で、街角でティッシュを配る人に「おかあさん」と呼ばれるようになった体験を書いていました。佐藤は「おかあさん」と呼ばれるのがうれしい、と書いたのでしたが、それを読んだ読者から、あれは高額商品を買わせるキャッチセールスの手口だ、「佐藤愛子もヤキが回った」という手紙が来たのです。「痩せ我慢の人生」は、それに答える内容になっています。

 有り難いご忠告ではあるが、「ヤキが回っている」というなら私は若い時分から「ヤキが回っている」人間である。もし私が生活上の現実的な知恵が働く利口ものであれば、私の人生の戦いは半減していただろう。
 『戦いやまず日は西に』とはまさに、そういう人間であるからこそつくタイトルなのである。
 そもそも私には世智というものが欠落しており、常に人を信じては、そのために戦いをせねばならぬ結果を招いていた。
「そうれごらんなさい。だから気をつけなさいといったじゃないの」
 と何度、人からいわれてきたことか。しかしその都度、私はいったものだ。
「いいじゃないの、これで苦労災難に強くなれば」と。
 私は失敗をしては戦い、その戦いによって力を培ってきた。今は何がきても怖くなくなった。覚悟を決めて生きられるようになったのは、数々の失敗のおかげだといえる。用心深い人には負け惜しみに聞こえるだろうが、そういえば私の人生は痩せ我慢の人生だったともいえよう。
 もしキャッチセールスの男たちにどこかへ連れていかれて、高い商品を押しつけられたなら、そこで私は彼らと戦うだろう。勝つか負けるかはわからないが、だからこそ私にとって人生は面白いのである。

自己啓発書の類いで述べられていることは、ぜんぶこの数行の文章で足りるのではないかと思うほどです。