杉本純のブログ

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映画『ばしゃ馬さんとビッグマウス』を観た。

麻生久美子安田章大主演、吉田恵輔監督の映画『ばしゃ馬さんとビッグマウス』(2013年)を観た。私はこの映画の存在すら知らなかったのだが、ある人がTwitterで、ワナビの痛さを笑い飛ばした稀有な作品、と書いていたので、興味が湧いて観たのである。

麻生久美子演じる「みち代」と安田章大演じる「天童」は、共にシナリオスクールに通うフリーターで、天童は二十歳代のはずだが、みち代の方は三十歳を過ぎている。共にワナビである二人だが、天童はみち代に思いを寄せている。みち代は、俳優を目指して今は高齢者施設で働く元彼に、よりを戻そうかと持ち掛けたりする。ジャンルとしては青春ラブコメディかと思う。麻生久美子が美人。

ワナビの痛さを笑い飛ばす、というほどかというと、疑問が残った。こじらせワナビの「痛さ」は、この程度の描き方で「笑い飛ばす」ことができるほど軽くないぞ、と私は言いたい。こじらせたワナビを笑いに変えるには、もっと辛辣に、こっぴどく徹底的に茶化してやらなくちゃダメだと思う。この作品はワナビを扱うにはソフト過ぎると思われ、例えばみち代が真面目に泣く場面があるが、ワナビがそんなくらいで泣いちゃいかんよ、と思った。

先にフリーターと書いたが、フリーターかどうかは実はよく分からない。みち代は金券ショップ、天童は中華料理屋で働いている。場所は浅草らへんのようだが詳しくは分からないものの、スカイツリーがけっこう大きく見えるので都内だろう。みち代は話の途中、岡田義徳扮する元彼に頼み、高齢者施設でボランティアとして働かせてもらう。しかし、独身とはいえ都内のアパートに住む女性が、金券ショップの収入で生き、スクールに通い、なおかつ取材でボランティアをやるような余裕があるのか?と、ここもちと疑問が残った。

天童は子供の頃に学校で桃太郎をアレンジした劇の脚本を書いて驚かれた経験があり、それが脚本家を目指す契機になったらしい。しかし、アレンジしたのが「ジョーズ」とか「E.T.」とかって、ちょっと年代がズレるのでは?と思った。また、主人公たちはコンテストへの応募ばかりしていて、ネットで発信したり、自主映画をやったりはしない。これは2013年の作品だが、ブログでの発表やYouTubeへの動画アップができるだろうに、と思った。ただ2013年ではYouTubeは今のように普及してはいなかったが。

このようにシナリオには設定の部分などに不満があったのだが、演技は皆良かったと思う。麻生久美子安田章大も巧いと思ったし、特に脇を固める岡田義徳秋野暢子が良かった。なかんづく岡田義徳の役は、みち代とセックスしようとするがみち代からの言葉で思い止まったり、俳優の夢を諦めたことに未練があったりする。そこらへんの機微が表現されていて、こちらの方が主役たちより葛藤がある人じゃないかと思った。

最後は、これがラストチャレンジと決めたコンテストに挑むもやはりダメで、脚本家の夢を諦めて実家の温泉旅館に帰る。私は、このワナビは「帰る場所」があるんだな、と思った。背水の陣ではない。みち代の机には「夢」と書かれた小物が置いてあったと記憶する。脚本を書くことはやっぱり「夢」に過ぎなかったのである。

また、ここから先は単なる感想だが、本当に、絶対に、脚本家としてやっていくぞ、という人は、まず何より脚本を書くのが好きな人だろう。ハイ、夢は終わり!で実家に帰って介護の仕事の勉強をしよう、などと考える時点で、みち代の脚本への思いはその程度だったことになる。肝心なのはこの映画の後、実家に帰ってからも書き続けられるかどうかだ。実家にいても書かずにはいられないほどだったら、みち代には才能があるということになる。もしそうなら、今なら新人賞応募もしつつネットでどんどん発信すればいい。