アメリカ探偵作家クラブ著、ローレンス・トリート編『ミステリーの書き方』(講談社文庫、1998年)の第17章「サスペンス」(リチャード・マーチン・スターン執筆)が面白い。納得させられるところが多いのだ。
ミステリー、冒険物、ラブ・ストーリー、純文学を問わず、また青少年向け、大人向け、ハードカバー、ソフトカバーを問わず、これが読者にページをめくらせる秘訣、すなわちサスペンスなのである。
と最後にあるのだが、サスペンスについてスターンは「読者に登場人物の身の上を心配させなくてはならない」と言っている。うんうん、そうだ。そう思う。
スターンは冒頭で、サスペンスはあらゆる小説の主要素材だと言っていて、その実例としてディケンズの『骨董屋』のエピソードを紹介している。
昔どこかで読んだ話であるが、多くの人々がディケンズの『骨董屋』の最新掲載分をいち早く手に入れようと、英国からの郵便船を待ってニューヨークの埠頭に列を作ったという。それも、死地に追い込まれたネル少年の運命を、一刻も早く知りたいがためだったのである。これがサスペンスでないなら、他にどんなものをサスペンスと呼ぶべきだろうか。
ディケンズの『骨董屋』と言えば、私は大江健三郎の『キルプの軍団』を通して知っている。キルプは『骨董屋』の登場人物で、『キルプの軍団』にはネルについて言及する箇所もある。『骨董屋』そのものは未読だが、『キルプの軍団』の下敷きとして興味があるし、スターンが言うサスペンスについても知りたいので、こんどぜひ読もうと思う。
また『キルプの軍団』そのものが、冒険小説風というか、警察の暴力犯係をしている叔父と、主人公であるその甥が事件に巻き込まれていく話になっていて、面白いのだ。しかも、純文学的な味わいもある。純文学といえどサスペンスを展開することで読者にページをめくらせる、というのは他のジャンルの小説と変わらない、と思う。
『骨董屋』へのスターンの言及を通して『キルプの軍団』を思い出し、サスペンスについて妙に納得した。
『骨董屋』は北川悌二訳のものがちくま文庫で出ている。