杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

努力の仕方

以前、仕事で必要があって清水久三子『一流の学び方』(東洋経済新報社、2017年)を読んだ。

知識やスキルをできる限り短時間で身につけ、仕事にもつなげる方法について書かれた本。清水さんはコンサルをしている方で、本書にはキャリアアップを目指す多くのビジネスパーソンと接した中で得た知見がちりばめられている。だから、記されていることには現場での実感が多分に含まれていると思われ、実際かなりためになった。

このたびふたたび拾い読みしてみたら、おっ、と思う箇所があった。「CHAPTER1 こうすればあなたの「学び」は失敗しない」の中に、自分が学んでいることをオープン化、アウトプットするよう説いている箇所。

「いまさら、こんな勉強をしているなんて、自分の無知をさらすようなもの。何も知らない・できないことが、周囲にバレてしまうのは悔しい」
「学習成果が上がらなければ、恥をかく」
 そんな心理的要因から、「黙って闇練」派が多いのではないかと推察します。

そのように書いている清水さん自身も、かつては「黙って闇練」派の一人だったそうな。

私の知人にも、ある国家資格を取ろうと長いこと勉強している人がいるが、「黙って闇練」派である。

上記引用のような「黙って闇練」は、ようするに自意識過剰なのだ。私の知人は、自分が国家資格を取ろうとしていることが友人間で噂になるのは嫌だ、などと言っていたが、あんたの噂なんか誰もしていない。「人は自分の噂話をしている」と思い込んでいる自意識過剰者なのだ。

かつては私もそんなアホな自意識過剰者だったが、もうそういうのは息苦しいだけだし、やめた。それでブログでもSNSでもどんどん自分の学んでいること、取り組んでいることを発信することにした。すると、同じことに取り組んでいる人がTwitterにいて、相互フォロワーになったりしたのだ。清水さんも、自意識過剰なコソコソ勉強では学習効率は上がらないといい、逆に周囲に学んでいることをオープンにすることで、人からいろんな「情報」を得られたり、「期待」されたり、仕事を斡旋してくれるなど「機会」が得られたりする、と語っている。

そして、未熟でも良いので学んだことをアウトプットすることを清水さんは勧める。フィードバックが得られること、モチベーションが保たれることなどを理由として挙げている。

これも同意する。私自身、ブログのアクセス数や賞賛の数が少なからず意欲の維持につながっているし、内容のブラッシュアップにもつながっていると感じる。

努力はコツコツと、人に見られていようといまいと、笑われようが貶されようが、一人で続けるもの。ただし、隠れてする必要はなく、むしろ周囲に伝えていく方が得られるものが多いので良いと思う。