杉本純のブログ

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樫原辰郎『『痴人の愛』を歩く』

樫原辰郎『『痴人の愛』を歩く』(白水社、2016年)を読んだ。

いやー面白かった。『痴人の愛』を読んだのはもう二十年近く前になると思うが、本書を読み進めるにつれて小説の内容の記憶が甦り、なおかつ「ああ、あの箇所にはこういう背景があったのか」と驚きと共に認識が深まった。こんな読書体験は滅多にない。

本書は『痴人の愛』成立の背景を実証的に提示あるいは推定しており、読み応えがある。谷崎というと、すぐにやれマゾヒズムだ母恋いだと言われるが、本書にはそういう先行の批評に押し流されているところはない。

なかんづく私としては、谷崎が自分に寄りつく文学青年を退けていたことが面白く、谷崎の藝術および藝術家志望者への態度からいろいろ考えたし、学ばせてもらった。

また、今や調べ物をする上でネットの力がかなり大きくなっているのを再認識した。私もかつてゲーテに関する調べ物で電子化された古書をネットで閲覧したが、電子化は今後ますます進むだろうから、わざわざ図書館に足を運んでコピーして、などということはなくなるかも知れない。映像作品も同じだろう。

著者の樫原氏が作家でも評論家でもなく映画の人だというところがまた面白い。だからこそ、この本を書けたわけだ。

誤植がいくつかあったがそんなのは瑕瑾である。面白かった。