杉本純のブログ

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「鉄腕ゲッツ」の苦い記憶

『鉄腕ゲッツ行状記 ある盗賊騎士の回想録』(藤川芳朗訳、白水社、2008年)は、中世末期のドイツに生きた小貴族であり騎士であるゲッツ・フォン・ベルリヒンゲンの自叙伝である。自筆でなく他人による聞き書きという説もある。

ゲッツは本名はゴットフリートといい、戦争で右腕に大砲をくらって吹き飛ばされるも、その後、鉄製の精巧な義手を得てさらに暴れ回り、「鉄腕ゲッツ」と呼ばれ恐れられた。

本書は、当時の騎士の置かれた状況を如実に物語る優れた史料であるという見方もあるが、稀代の暴れ者だったゲッツのエピソードの数々が、読んでいて単純に面白い。

ドイツの詩人・劇作家のゲーテは、法律家としての勉強の過程で中世の法制について調べているうちにゲッツのことを知り、史劇「鉄の手のゲッツ・フォン・ベルリヒンゲン」を書いた。これは匿名で出したのだったが、ゲーテの事実上のデビュー作であり、ヒットした。さらに『若きウェルテルの悩み』が追い打ちをかけるようにヒットして、ドイツにおけるゲーテの文名が確立されることになる。

このデビュー作では、ゲッツは戦死するという内容になっているのだが、ゲッツ本人は自らの居城で82歳まで生きたので、史実と異なっている。『ウェルテル』もまた、ゲーテ自身を主人公のモデルとしつつ、主人公は最後に自殺するもののゲーテ自身は生き延びている。失恋自殺はイェルーザレムという人物がモデルになっているのだが、主人公が情熱的に生きて最後に非業の死を遂げる、という点は「ゲッツ」と共通しているのである。

私はこの点を面白いと思い、これをテーマにゲーテ論を書こうとした。ゲーテ記念館にも足を運んで関連書を読み、ハイネマンのゲーテ伝などもつぶさに読んだが、途中で挫折した。ドイツ語の読み書きもできない私には、もともと無謀な試みだったのだ。再挑戦はちょっとできそうになく、今では苦い記憶になっている。