杉本純のブログ

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近代イングランドのエステイト関連市場

バルザック『農民』が思い浮かぶ…

高橋裕一「研究ノート 一七世紀末期イングランドに見る土地関連市場の一側面――ビジネス・エイジェンシーとしてのコーヒーハウス――」(「史学」第九〇巻第二・三号抜刷、2022年)を、著者からいただいて読みました。

著者からは以前も、「『教材』としてのダニエル・デフォー(1660ー1731年)―ジョナサン・スウィフト(1667ー1745年)との対比も含め―」(慶應義塾大学教職課程センター年報、2019年度)をいただいて読み、これが面白かったですが、今回いただいた「研究ノート」も面白かったです。

クロムウェル体制期に登場したコーヒーハウスの一つ「ザ・ブルー・ボール」。その中に開設された「ジ・オフィス」で発行されていた、広告用のブロードシート(ビラ)。その中の、唯一現存している132号の記載内容を元に、イングランドで発展途上だったというエステイト関連市場の取引や仲介の実態について考察する内容です。エステイトとは「地所」「土地」といった意味で、主に田舎にある広大なそれを指すらしい。近代イングランドでは官職や法曹、新富裕層が競って主に農村部のエステイト所有に走ったそうですが、オフィシャルな権利登記システムなどが存在していなかったことなどから、その実態があまり知られていない、とのこと。「ザ・ブルー・ボール(青玉亭)」のブロードシートは、その未解明の実態をごくわずかではあるものの窺わせる史料だということですね。

都市の富裕層が田舎の土地を買って進出するというと、バルザック『農民』に描かれた闘争の構図が思い浮かびます。イングランドにおいてもそういう構図があったのかは知りませんが、あったとしたら、その一端をロンドンのコーヒーハウス「ザ・ブルー・ボール」が担っていたのかもしれません。面白い。

また「コーヒーハウス」といえば、松岡正剛の「千夜千冊」で小林章夫『コーヒー・ハウス』が紹介されていたのを記憶しています。本書は1984年に駸々堂出版から刊行されていますが、今は講談社学術文庫で読むことができるので、本稿に書かれているエステイト取引の背景のみならず、当時の市民生活の雰囲気を知るために、こちらも読んでみたいなと思いました。

本稿に「得べかりし収入」という言葉が登場するのですが、これは本来得られるべきであったにも関わらず得られなかった収入のこと。「逸失利益」ともいい、損害賠償において請求できる損失の一つであるらしいです。

高橋裕一先生の他の論文(CiNii)