杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

HSPの「解離」

長沼睦雄『敏感すぎて生きづらい人の明日からラクになれる本』(永岡書店、2017年)は、あるHSPのブロガーがブログで紹介していたので手に取りました。本書の「敏感すぎて生きづらい人」とはHSPのこと。つまり、HSPがその生きづらさを解消し、少しでも心身ともに楽になれるヒントを紹介する本です。

その中に「解離」という現象について書かれている章があり、興味深かったです。

著者曰く、「解離」とは

「自分とは今のこの体」「現実とは目の前の事実」という感覚が失われ、身体感覚や現実感が乏しくなったり、今の自分とは別の自分が心の中にいる状態になることです。

 解離とは実に不思議な精神(意識)の状態で、トラウマ反応の結果として出現する安全を守るための心の防衛反応で、普通の人にも多少は経験されます。

などと書かれています。

たしかにHSPでなくとも、義務に追い立てられてあまりに多忙だと、この解離のような「自分が自分でないような感覚」に陥ることがあるような気がします。

私自身、仕事であまりに多忙になると、自分が自分でないような感覚を味わうことがあります。自分の人生の目的や会社で働く目的を自覚しているつもりでも、目の前の義務に追い立てられてそれを見失ってしまう、ひいては自分自身を見失ってしまうことがあるように思います。

『敏感すぎて…』で著者は、解離と関連性のあるトラウマと向き合い、心の傷を癒すことを優先することが大切だと述べていますが、それは恐らくHSPに向けたアドバイスになるかと思います。

普通の人にとって解離は、今の自分に課されている義務が自分にとって過重だという判断材料になるように思います。社会的意義もあってやりがいを感じている仕事だけど、あまりに激務で、今後も同じ仕事を続けられるのかどうかに迷う、というケースはけっこう耳目に触れます。そういう迷いは恐らく、自身が解離現象を味わって自分を見失っているからではないか。解離を経験しているからこそ、このまま続けていたら自分はどうなってしまうのか、という不安が出てくるのだと思います。そこで奮起し、さらに力強く前進できるならその人はすごいでしょうが、人間はそんなに強い生き物ではなく、きっと再び解離現象を起こすでしょう。自分を追い立てている義務が自分の手に余るものだということを早く自覚し、手を打つことが大事だと思います。