杉本純のブログ

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「木を接ぐ」とウェルギリウス

佐伯一麦の「木を接ぐ」にはウェルギリウスの詩のエピグラフがある。

ダフニスよ、梨の木を接げ。汝の孫たち、その実を食うべし。
  ――ヴィルギリウス

この詩が全体としてどんな詩なのか、しばらく分からなかった。

ウェルギリウス(ヴィルギリウス)は遅筆で寡作であったらしい。ウェルギリウスの作品とされているのは、『カタレプトン』、『牧歌』、『農耕詩』、そして『アエネーイス』の四つである。そしてこのたび調べてみたら、上記のエピグラフは全十篇から成る田園詩集『牧歌』の第九歌「町へ行く道」の一節であることが分かった。

河津千代訳の『新装版 牧歌・農耕詩』(未來社、1994年)では次のように訳されている。

ダプニスよ、なぜ、古い星座を見ている?
ディオーネ―の後裔カエサルの星が昇るのを見よ。
野によろこばしい実りをもたらし、
日当たりのよい丘の上の、葡萄の房を色づかせるその星を。
ダプニスよ、梨に接木せよ。その実はおまえの子孫が取入れよう。

ダプニスは羊飼いで、星を観測して暦を知ることができる。ディオーネ―は女神ウェヌスの母神。その後裔カエサルの「星」とは、オクタウィアーヌス(ローマ帝国初代皇帝アウグストゥス)がカエサル追悼のために競技会を催したときに現れた彗星を指すとのこと。

詳しいことはよく分からないが、この五行は、ダプニスに対し、農業や牧畜の季節を教えてくれるカエサルの星が昇るのに、どうして古い星座を見ているのか、子孫も同じようにカエサルのお蔭を蒙ることになるのだから、今のうちに善行をせよ、といった解釈ができるそうだ。この場合、善行せよ、という意味は「梨に接木せよ」という言葉に表されていることになる。

またこの五行は、オクタウィアーヌスへの「忠告」になっているらしい。オクタウィアーヌスは、戦争後に兵隊に土地を分配するために農民の土地を没収した。その中にはウェルギリウスの土地も含まれていたらしく、ウェルギリウスは友人の助力により土地没収を取り消してもらえたとのことだが、上に引用した詩の、今のうちに善行をせよ、という意味が土地没収を中止せよ、といった意味になるらしい。

「木を接ぐ」のエピグラフは、フランスの画家ミレーの「木を接ぐ男」を見た画家・ルソーが、そこにミレーの困窮が表れているのを見て取り、ウェルギリウスのように「ダフニスよ、梨の木を接げ。汝の孫たち、その実を食うべし」と考えている、と述べたことに由来している。

ルソーがミレーを見て感じた『牧歌』の一節は、実際の『牧歌』の一節とはやや趣を異にするようだ。しかし、自分が育てた植物から子孫が実りを享受する、という、戦争などとは無関係のところにある素朴な営みを想起させる。「木を接ぐ」も、そういう小説であると言える。