「貧すれば鈍する」という諺があるが、近ごろこれを実感することが多い。
もちろん貧乏しているわけではない。この言葉は普通、経済的困窮に陥ると精神の働きも鈍ってしまうという意味だ。だが私は、時間や心の余裕を失うことによっても知性や感覚の働きが鈍くなると思っている。
例えばライターの仕事では、スケジュールが迫ってきたり、原稿以外の雑務が重なってきたりしてイライラしてしまうと、決まって良い原稿が書けなくなる。記事の流れを把捉する力が減退し、語彙力が一時的に低下してしまうのである。つまり、時間や心の余裕がなくなって「鈍して」いるのだと言える。
もうだいぶ前のことだが、私の友人は映画監督を目指すにあたり「貧乏は覚悟している」と言い、実際に狭い部屋で寝起きしアルバイトをしながらシナリオを書く生活を続けていた。その友人は、夢を叶えるにはそういう苦労が必要だ、と考えている節があったと私は記憶している。これは、言わば一種の精神論である。
もちろん映画監督になるとなれば色んな経験が必要だろうから、友人の考えを丸ごと否定するつもりはないが、心の余裕まで失ってしまったら、良いシナリオを書くのは難しいだろう。
私はどうも、ライターとか映画監督とか、つまりクリエイターになろうとする者に、精神論の陥穽に落ちて「貧すれば鈍する」状態になってしまう人が少なくない気がする。
心の余裕は必要だ。そして、それは自分の力で手に入れなくてはならないと思う。