私は直木賞受賞作を全部は読んでいないが、その中で好きなのは何かといえば、第39回受賞作の山崎豊子『花のれん』(中央公論社、1958年)を挙げる。
私のかつての同僚に大阪の人がいて、その人がこの本を好きだと言っていた。山崎も大阪出身である。
本書は、大阪発祥の吉本興業の創業者・吉本せい(1889〜1950)をモデルにしたと言われる小説。主人公の多加が、夫と共に寄席経営を始め、死別後ほかの男と結婚することもなく、仕事一筋で生きていき、敗戦数年後に死ぬまでを描いている。
主題は大阪・船場の商人の「ど根性」。多加の商売に対する情熱が、とにかくすごい。自分の寄席で演じてほしいと思っている真打落語家への取り入り方や、贔屓の客を鄭重に扱う手際、「漫才」に目をつけ若手漫才師を起用する先見性、など。多加は寄席を成功させ、やがて大阪有数の席主になっていく。
戦前の人のバイタリティとハングリー精神がすごい。そういえば、吉本せいが寄席経営を始めたのは1912年(大正元年)。大正製薬の創業と同じ年である。
そして、文章が、まったく隙がなく巧い。山崎先生なんだから当たり前だが。