杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

溜息橋

作家のアンリ・トロワイヤの自伝小説『サトラップの息子』(草思社、2004年)の存在を知り、さっそく入手してぱらぱら読んでみたのだが、これは面白そう。

冒頭は主人公の一家がヴェネツィアにやってくるところで、その中に「溜息橋」というロマンチックな名前の橋が出てくる。

 ホテルでは、私たち七人は節約のために狭い三つの部屋に分かれて泊まった。どの部屋からも運河は全く見えなかった。母はこの機会に画廊や教会を訪ねたり、サン・マルコ広場や「溜息橋」で夢想に耽ったりということを、したかったらしい。

主人公一家はロシアからフランスへ亡命していて、ノヴォロシースクからコンスタンチノープル行きの客船に乗り、その最初の寄港地がヴェネツィアだった。母親は亡命の進捗を喜び、ヴェネツィア滞在中に上記引用のような願望を持ったのである。しかし父親の方はフランスに着くまでは目的達成じゃないので、気が気でない。こういう、旅先での家庭内の思惑の相違というのはあるものだ。

Wikiを参照すると、「溜息橋」は16世紀に架けられた橋で、ドゥカーレ宮殿の尋問室と古い牢獄を結んでいる。その名はバイロンが『チャイルド・ハロルドの巡礼』の中でそう呼んだのが初めてであるそうな。橋からの眺めは、囚人が投獄される前に見るヴェネツィアの最後の景色であるらしく、囚人が、美しい風景が見納めになってしまうことに溜息を吐くことに由来するようだ(実際には囚人は短期刑だったそうで、見納めなどということはなかったらしい)。