杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

「人間、暇があってなんぼ」

意識低い系のススメ」

本多信一先生の『がんばらなくてもいい』(こう書房、2009年)を読んでいます。先生は現代の悩める職業人の味方で、数多の人の職業相談に乗ってきた人ですが、私は先生のいう「内向型人間」、今風に言い換えるとHSPへの助言を、その著作を通して読み続けています。

さて本書は、タイトルのとおり「がんばらなくていい」ことを勧めるもので、サブタイトルには「ほっとする老子の本」とあります。成功を得るためにあくせくと仕事に忙殺され、消耗される生き方でなく、道教老子のように、水のように流れて生きる生き方を説いています。いうなれば「意識低い系のススメ」のような本でしょうか。

忙しさも適量がいい

本書の第二章は「学ばなくていい」というもので、中に「人間、暇があってなんぼ」という節があります。暇があってなんぼ…我が意を得たり、です。

先生によると、「一切のよきものはヒマが造り出すのではないか、とさえ思いますね」とのこと。まあ緊張とか忙しさの中から良いものが生まれることもあると思いますが、私はときどき「暇が欲しい」と思います。小説や書き物のアイデアを得たいと思うとき、自身に課せられた社会的な責任や役割はどうしても邪魔になるのです。

次から次へと仕事を回している中からキラッと光るものが出てくることは、なくはないと思います。けれども、忙殺されるくらいまでなり、心に余裕がない状態になっていると、新しいアイデアは生まれにくいのではないか。

もちろん、恐らく暇すぎてもいけない。緊張がなくなるのが常態になると、人間は腑抜けになってくるように思います。「暇が欲しい」と思うのは、恐らく忙しすぎるからでしょう。「忙しさ」というストレスも適量がいいのではないかと。