杉本純のブログ

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情弱と無知

縁なき衆生は度し難し

最近、言葉を誤用している人のことを情弱だと言っている人がいて、いやそれは情弱じゃなくて無知だろう、と思ったことがありました。

情弱とは、情報にアクセスする手段を知らない、あるいは情報を活用する力がない人を指す言葉です。高度情報社会になった現在は、有益な情報にアクセスしたり使ったりすることができる人とそうでない人に大きな格差が生じるようになっていて、格差の中で不利な位置にいる人が情弱になるようです。最近ではアクセス性には格差はなくなっていて、リテラシーのあるなしが情弱か否かを左右するとのこと。

情報を発信する、顔も知らなかった人と交流したり仕事したりする…これら全部、スマホ一台あればできる時代です。リアルのご近所さんや同僚などより、ネット上でつながりのある他人の方がよく関わる、ということももはや当たり前になっています。

私の知る人の中に情弱は多く、私自身もそんなにリテラシーが高い方ではありません。

最近感じるのは、リテラシーのあるなし以前に、そもそものところでネットを馬鹿にしている、あるいは単なる苦手意識から忌避している人がいて、こういう情弱は救うのが難しい、ということです。苦手意識の人は丁寧に説明すればいいかもしれませんが、前者の方は聞く耳も持たないので、縁なき衆生は度し難しといった感じがします。