杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

吉村昭「遠い道程」

吉村昭ワナビ時代

かねて時間を見つけてはぱらぱら読んでいる文藝春秋編『無名時代の私』(文春文庫、1995年)。最後は吉村昭の「遠い道程」ですが、これもいいです。

23歳で学習院大学に入り、文芸部の機関誌「学習院文芸」に入る。その後、八木義德を合評会に招いたり、紀伊國屋書店に持っていって田辺茂一に置いて貰うよう頼んで承諾されたり、三島由紀夫の家に持っていって渡し、その後「死体という作品がよかった」と自作を褒められ嬉しくなったりします。世に出るためのさまざまな活動をしていたことが分かります。

「頭がどうかしているんじゃないのか」

しかし、小説を書いて生きていく希望を兄に伝えると、「頭がどうかしているんじゃないのか」と言われます。放浪の旅をし、その後は繊維関係の組合の事務局で働きながら深夜2時まで書いて寝て7時に起きる生活をします。睡眠時間は5時間です。

「鉄橋」「貝殻」「透明標本」「石の微笑」が芥川賞候補になるものの受賞を逃し、「星への旅」での太宰賞受賞と「戦艦武蔵」の「新潮」への掲載を果たすまで、会社勤めが続きました。

「遠い道程」はわずか5ページの随筆ですが、余計な装飾はなく、それがかえってデビューまでの労苦を滲ませているように感じられ、ぐっときます。