杉本純のブログ

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野口冨士男「その日私は」

昨日は真珠湾攻撃、つまり日米開戦から80年の日でした。その前日である12月7日の朝日新聞朝刊の「天声人語」は、小説家・野口冨士男の1941年12月8日の行動から書き起こされています。

 真珠湾攻撃が報じられたその日、勝利を伝えるニュースから背を向けるように、作家の野口冨士男は映画館に向かった。私小説「その日私は」によると、もうアメリカ映画が見られなくなると心配したからだ。

この「その日私は」が気になったのでさっそく読んでみました。真珠湾攻撃うんぬんはひとまず置いておいて、面白い。事実を淡々と書き連ねた、小説的作為のほとんどない、言わばこてこての私小説ですが、いい味出しています。年に何回かは、こういう作品を読みたいものです。

さて真珠湾攻撃ですが、作中、正午ごろに「女房」に起こされた「私」は「日本が戦争をはじめたんですよ」と聞かされます。

女房は戦争がはじまったとは言わずに、日本が戦争をはじめたと告げた。当日の大本営発表は、庶民にそのような受け取り方をされても致し方のないようなものを持っていたことを意味する。

意味深な文章です。その後、最初は相手はソ連だと思ったとか、日本の陸軍の愚かさとかが述べられ、「女房」から相手はアメリカだと伝えられた直後、「私」は「女房」と息子と映画館に出掛けます。

しかし、「天声人語」には「勝利を伝えるニュースから背を向けるように」とあるものの、「その日私は」にはそのような記述はありません。ただ、映画『スミス都へ行く』を観ている最中の記述で、「右隣りにあったカフェからはまことに傍若無人な感じで、日本の緒戦の勝利を接げるラジオ放送と軍艦マーチが間断なく高らかに鳴り響いて来て、ともすればスクリーンの声を搔き消してしまうのであった。」とあります。なお「天声人語」は上記引用の後、野口が映画を観ている最中のことを書き、「開戦のニュースそして軍艦マーチがスクリーンの音をかき消してしまう。」とあります。なんかごっちゃになっていますね。