Twitterのタイムラインを見ていたら、あるツイートで手が止まった。
本を読んで、めちゃくちゃ面白い、といった感想を述べる人の「めちゃくちゃ」の意味が理解できない、というツイートである。
気になったのでこのブログで検索してみたら、めちゃくちゃ面白い、とか、めちゃくちゃ好き、めちゃくちゃ勉強する、といった使い方をしている記事が引っ掛かった。
私としては、程度が甚だしい、という意味で使っていたが、先のツイートを読み、にわかに自分の「めちゃくちゃ」を疑う気持ちが芽生えてきた。
手元にある学研の辞書を見ると、
めちゃ(目茶・滅茶):1道理に合わないこと。2並外れていること。
とある。「滅茶苦茶」は「めちゃ」を強めた語で、秩序立っていたものが、混乱した状態になること。とある。ただし「非常に」という意味もあり、「めちゃくちゃかわいい」という用例が載っている。
「めちゃくちゃかわいい」が許容されるなら、望ましいこと、喜ばしいことの程度が甚だしい場合に「めちゃくちゃ」を使うのは妥当だということだと思うので、どうやら私が使った「めちゃくちゃ面白い」は間違いでもなんでもなく、普通に理解されて然るべきだろう。
とはいえ、ツイートの指摘ももっともだとも思える。滅茶苦茶という字からして、やはり秩序が崩れて混乱した状態になることの方が正しい意味だと感じるから。例えば、めちゃくちゃ美味しい、というのは、言わんとすることは分かるが、やっぱり変じゃないかと。
そんな次第で、私は今、「めちゃくちゃ」を単に「程度が甚だしい」という意味で使うのを警戒するようになっている。
ちなみに徳田秋聲の「新世帯」には「傍目もふらず滅茶苦茶に働いた」という部分がある。