バルザック『農民』(水野亮訳、岩波文庫、1950年)下巻の解説の冒頭。
一八三四年バルザックはジュネーヴでハンスカ夫人から次のやうな申出を受けた。すなはち彼女と彼女の夫のハンスキ氏のために、それぞれ一つづつ小説を書いて頂きたい。自分には「加特力僧」といふ題で、それからハンスキ氏には「大地主」といふ題で書いて頂きたいといふのである。
「加特力僧」は、恥ずかしながら最初は読めなかったが、「加特力」は「カトリック」と読むのだそうで、その小説は「セラフィタ」となって発表された。
そして「大地主」の方は本書『農民』となったということだが、バルザックが恋するハンスカ夫人の申し出を受けて二篇もの小説、しかも片方はその夫のために書いたというのが、すごいというか何というか。。
『農民』は私は未読だが、新聞に発表されるまで十年(1844年)、単行本として刊行されるまで二十年かかった(1855年)という。しかもバルザックは1850年に死に、ハンスカ夫人が未完の『農民』を一応のまとまりをつけて刊行したのだ。小説作品も、このように数奇な運命をたどることがある。