杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

怒りがこみあげて…

四十年も生きていると色んな人に出会う。

その中には自分とまったく感性が合わない人間もいて、顔を見るのも声を聞くのも嫌だ、という奴も少なくない。私は二十代の後半の時期に何人かのそういう奴と出会い、やがて激しく反発して絶縁し、今に至っている。そういうことは特に珍しいことではないはずだが、私の場合がちょっと変わっているのは、絶縁するまでは相手に深く心酔し、反発を感じながらもそれは自分が未熟でバカだから、つまり自分が悪いんだと思い込んでいたことだ。

しかし、迷妄というのは勉強を重ねることでやがて乗り越えることができる。私は、自分なりにたくさん勉強し、それまで心酔していた相手の方がおかしかったことに気づくことができた。それからは相手の考えや行為に激しく反発するようになり、ほどなく絶縁した。

絶縁して本当に良かったと思っているが、実を言うと、相手である複数の人間への恨みはまだ心の底にマグマのように煮えたぎっている。機会があれば吠え面をかかせてやりたいと思うほどだが、相手を攻撃するよりも、過去の未熟な自分を乗り越え、相手のことなど無視して前進することが最高なんじゃないかと最近では思っている。

最近、その相手のブログを見る機会があり、いつかの語り口調で偉そうに物を言っているのを見て、怒りがこみあげてきた。相手と私の関係の推移は、ぜひ私小説に書いてやりたいと思っている。小説はかように「恨みを晴らす」目的でも書かれるものだ。もちろん、相手のことを悪く書く、自分を美化する、といった書き方をするのではない。恨みを晴らすべき相手はむしろ過去の自分であって、人物の扱いはフェアであるべきだと思っている。