杉本純のブログ

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「木を接ぐ」の自筆原稿写真

榊原和夫『榊原和夫の現代作家写真館』(公募ガイド社、1995年)は、榊原が撮った作家五十五人の写真と共に、作家に取材したメモが添えられているシンプルな本。「あとがき」には、この企画は「公募ガイド」1988年8月号から連載が始まった、とあるので、かなりの長寿コーナーだったのだ。

榊原は「あとがき」で、八木義德がオホーツク海の海明けが自分の「魂の原風景」だと語ったことが強烈に印象に残っていて、「私が長年、作家の写真を撮り続けてきたのも、眼に見えないそんな作家の内懊を、少しでもカメラで捉え、表現したかったからである」と述べている。

とにかくどの作家も、写真がいいなぁと私は思った。どの作家も書斎の中で撮影されているが、作家の部屋がこんなにたくさん載っている写真集は珍しいのではないかと思う。いずれにせよ、書斎で撮影したからか、作家が飾り気なくくつろいだ様子で映っているように思う。写真に添えてある「取材NOTE」もいい。

佐伯一麦の回は、仙台の広瀬川の畔にあるアパートの仕事部屋の様子を撮影している。私は、佐伯の仕事机の上には電鍵があるはずだ、と思って細かく見てみると、電話機の隣りにそれらしきものが置いてあるのを見つけた。思ったとおりである。

机の隣りの書棚には島田宗三『田中正造翁余録』が置いてある。ふむふむこれは面白い。他に、中上健次に関する本も多数所蔵していたようだ。

さて佐伯の回は他に、「作家をめざす君に」という随筆が載っているのが、その前のページにはベッドの上で執筆する様子、居酒屋で飲んでいる様子があり、プライベートも垣間見える。さらにデビュー作「木を接ぐ」の自筆原稿の写真が載っていて、これが私には興味深い。

佐伯は「木を接ぐ」を毛筆で書いたことは知っていたが、見てみると、毛筆であるのはもちろんこと、かなり丁寧で美しい字で書かれている。佐伯は「木を接ぐ」を朝執筆し、前の晩に振動ドリルを使っていたせいで上手くペンが握れないので毛筆で書いていたのである。写真の自筆原稿がこれほど綺麗なのは、じっくり時間をかけて清書したからではないかと思った。