杉本純のブログ

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「本当の文士」

寺田博の随筆集『昼間の酒宴』(小沢書店、1997年)の「『狂人日記』まで」は、「別冊・話の特集」(1989年7月)に掲載されたもの。色川武大との出会いから、『狂人日記』執筆、その後の色川の死に至るまでの交わりを書いている。ごく短くかいつまんでいるだけだが、面白い。

寺田は1981年に福武書店に入社し、「海燕」の創刊に取り掛かるが、かねて一緒に仕事をしていた色川の作品を創刊号に載せることに執着していた。よほど惚れ込んでいたのだと思う。校了ぎりぎりで間に合わせたという作品は「遠景」という短篇である。

佐伯一麦は、講談社文芸文庫狂人日記』(2004年)の解説で「遠景」にも触れている。また佐伯が最初に読んだ色川作品は『怪しい来客簿』(話の特集、1977年)で、上京後に転がり込んだ仙台一高の先輩の部屋の本棚にあり、勧められて読んだ。

寺田も「『狂人日記』まで」で『怪しい来客簿』について触れている。編集を担当したわけではないが(この時期の寺田は河出書房で「文藝」編集長をしていて、和田芳恵『暗い流れ』を終えた頃)、刊行されたのを知って「健在だったんだな」と思ったそうな。色川の諸作品に、寺田博佐伯一麦がそれぞれ思いで接していたのが見えてくるようだ。

ちなみに寺田は先輩編集者に「シャイネスを持っている人が本当の文士だ」と言われたらしく、「『狂人日記』まで」を読むと、色川をまさにそう思っていたように見える。