杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

身を売る、能力を売る、作品を売る

会社勤めをしている中で、労働と収入についてたまに考える。

学生として就職活動をして、会社に入る。これは言い方は悪いが「身を売る」だ。よく日本の就職は「就職ではなく就社」だとか、「白無垢」で入社してもらい会社の色に染める、だとか言われるが、まさにその通りで、新卒学生は文字通り体ごと会社に入るのだと思う。

転職とか独立ということになると、「能力を売る」ことになる。二十代ならまだ「身を売る」状態かも知れないが、三十代くらいになると、これこれこういうスキルがあって、こういう仕事ができる、だから雇ってほしい(仕事がほしい)となるのではないか。例えばライターであれば、インタビューができます、原稿が書けます、だから…となる。カメラマンであれば、写真が撮れます、動画が撮れます、と。

能力の幅が広くなれば、それだけ仕事が入りやすくなる。能力に希少価値があれば、単価を上げることもできるだろう。例えばライターができてカメラもできる、となるとインタビューも原稿も撮影もできるようになる。これは発注者に重宝される。さらに、メディカルライターとか、水中カメラマンとかドローンカメラマンとか、何かの専門能力に磨きをかければ単価を高めていけるのではないか。しかし、それらはまだ「仕事を貰う」道だと思う。

これに対し、ライターでもカメラマンでもミュージシャンでも、名前を(場合によっては顔も)出して「作品を売る」ようになると、もう立派な「作家」だ。こうなると、作品が売れれば売れただけ収入が大きくなるので、会社員やフリーランスとは収入の構造がぜんぜん違う。労働によって得られる対価が、足し算ではなく掛け算のように増えていく。作品が10個売れればいくら、100個売れればその十倍、という感じに。つまり印税。

もっともこの考え方は、著作物を生み出す(何かを創る)職種に限られると思うので、例えば商社マンとか工事の現場監督とかが同じような道を辿れるとは思えない。それらは、言わば組織の中で労働の価値を示していく仕事になるから、組織の中で重要なポストを任され、それにつれて収入が増えていく、といった道になるのではないか。

こんな話もある。聞いた話だが、税理士をやりつつダンサーをやっている人がいて、ダンスの仕事では教室で教えてもいる。すると、税理士としての客がダンスの客になり、その逆のパターンもあるのだという。これは「能力を売る」が相乗効果を生んでいる。

またこういう道は、収入を得るスキルが複数あるので、どちらかで少々失敗しても食べていけなくなることはないだろう。これは強い。「作品を売る」作家は人気が落ちれば場合によっては収入がゼロになるので、リターンも大きいがリスクも大きい。だから「能力を売る」の相乗効果を狙う道は、ある意味で最も強いのではないかとも思う。