杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

棋士ワナビ

Eテレで2月6日に放送された「ねほりんぱほりん 勝負の厳しい世界、将棋の奨励会で夢破れた男たちの人生」を見たのだが、これこそワナビの世界ではないだろうかと思った。

私は将棋の世界は知らないが、奨励会とはプロ養成所のようなところらしい。そこでは段を上げてプロになるため対局をしたりプロの対局の場でアルバイトをしたりするなどいろいろな体験ができるが、26歳を過ぎてプロになれないと強制的に退会させられる。

そのリミットが迫ってくると奨励会員は悲壮さを帯び始め(それ以前から必死になって段を積もうと励んでいるが)、ついに退会になってしまうと一つの人生が終焉する。その後の第二の人生は惨めなもので、学歴も職歴もないまま社会に抛り出され、生きていかなくてはならない。

その生きざまは言わば棋士ワナビである。正直に言って、作家ワナビはこれほど過酷ではない。作家ワナビ奨励会員のようにタイムリミットが設けられているわけではなく、そのぶん無間地獄の様相を呈することもあるが、逆にぬるま湯のようでもあり、奨励会員のような生きるか死ぬかの勝負になることはない。失敗したらまたこんど、が永遠に続く。

番組の中ではストレスのあまり大量の口内炎ができた、という人がいたが、これはちょっとだけわかる。作家ワナビゆえに抱えたストレスかどうか分からないが、仕事をしつつ創作もやり続けてストレスが溜まり、口内炎が二、三個同時にできたことがあったが本当に辛かった。

番組に出ていた元奨励会員は、奨励会はスターを生み出す場所であり、奨励会員はさながら卵子を目指して飛び出しやがて死んでしまう数億の精子のようなものだと言っていた。つまり、プロになった人は卵子に辿り着いた精子=スターだということ。

しかし哀しいのは、それだけ将棋が好きならプロ棋士という狭き門に入ろうとせずとも将棋人生を満喫する道は他にあったのではないかと思うことだが、どうだろうか。狭き門をくぐろうとするから苦しいのである。まあ、だからワナビは悲壮さを帯びているのだが。。