杉本純のブログ

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石塚友二「松風」

先日、久しぶりに石塚友二「松風」を読んだ。この短篇は、ある本で、身辺雑記ものや冠婚葬祭ものでも良い小説はある、として紹介されていた作品で、それで興味が湧いて読んだのが最初だった。

私自身、いま身辺雑記小説めいたものを書いていて、地味な筋をどう退屈させずに読ませるか、主題に関わってくる心理描写をどうやってさし込むか、といった疑問の答えを求めて再読した。

「松風」は、主人公が友人を介して知り合った女性と結婚するまでを描いた短篇。結婚するのを決め、結納、式準備、挙式、新婚旅行と続いていくまさしく冠婚葬祭小説なのだが、無駄のない端正な筆運びに引き込まれるし、主人公への共感も湧く。どうして共感を抱くかというと、主人公が結婚を決める前にささやかな失恋をするからだろう。

主題は冒頭すぐのところに適確に挿入されている。35歳の年が暮れようとしている状況にあって、いたずらに煩悩を掻き立てるだけの婦人への恋を未だに胸に蔵している、これをとっとと白黒つけなくてはならないと思うようになった、といったことが書かれている。これが「松風」の主題に他ならないと思うが、人生の節目たるべき時期に差し掛かったのに、未練があってそこを通過できない、というのは誰にでも起こり得ることだろう。

そして、婦人への恋が敗北に終わった後、主人公は友人の知人の女性との結婚を決め、その道を突き進む。話は表面的にはすんなりと進んでいくが、その過程で、実際に結婚することの重みに鬱々たる気分になることもしばしばある。現実の中で進行していく結婚に対し十分な満足を得ているわけではないのだが、周囲の人びとの動きにも目を配りつつ自分の立ち場を冷静に見定め、逸脱することなく結婚にこぎ着け、新婚旅行に出るのである。

周囲の現実と内面の揺れ動きが的確に描かれており、特にドラマの起こらない結婚話が緊張感を孕んで語られる。冠婚葬祭小説のお手本を見たような思いがした。

石塚友二1906年生まれ、新潟県の農家の次男で、学歴はほとんどないらしいが俳人として一家を成したそうな。「松風」は「文學界」1942年2月号に掲載され、第15回芥川賞候補になり、候補作の中では最も評価が高かったが受賞を逃した。その回は受賞作なし。選考委員の宇野浩二の作品評価がかなり厳しかったようだ。