杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

潜ってばかりではいけない。

ライターの仕事は、集中できる時間と環境がとてつもなく大切だと思う。しかし顧客や同僚からのメール、電話などの連絡、職場への訪問者、あるいは同じ室内にいる同僚から話し掛けられたりと、何かとその集中は遮断される。これは意外に辛い。そしてこれは、別にライターに限らず、デザイナーでもカメラマンでも、クリエイターと呼ばれる人たちには共通していることなのではないか。

とはいえ、顧客や同僚とのやりとりも仕事の一部なので、集中を遮断されるのは避けられないし、遮断されてもきちんと応対しなくてはならない。しかし、私はどうも一人でぐーっと集中していると、何事も億劫になる。椅子から立つのも面倒に感じるし、人と話すのも嫌だと感じる。そんな自分を、社交性のない引きこもり人間なんじゃないかと思うこともしばしばである。

しかし最近、はあちゅうの『半径5メートルの野望 完全版』(講談社文庫、2016年)を読んでいたら、ハッとさせられる箇所があった。第6章「進化と深化のバランス」の中の、孤独になる時間も大切だ、といったことが書かれているくだり。

 例えば本を書く作業は、基本的に孤独で、自分の中に深く深く潜る作業です。それは、人と会っている時に感じる高揚感とは対照的で、「イェーイ」なんて言いながら、テンション高く本は書けません。潜っているから気持ちは下に沈みます。でもそれが、心地よかったりする。

ここを読んで、本の文脈とは別のところで、ああなるほどこれだ、と私は思った。

そう。書いている時間は「潜っている」のだ。集中を遮断されるというのはだから、潜っているところへ急に呼び出しがかかって浮上しなくてはならなくなったということだろう。

自分で言うのもなんだが、私はかなり深く潜るタイプで、剰え、外を歩いている時でもちょっと潜っているような気がする。信号が赤なのに横断歩道を歩き出しそうになることもしばしばである。。

これはあまり良いことではないし、情けないことでもあると思うので、「潜る」「浮く」をもうちょっと日常的に意識するようにしよう。