杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

何がワナビを止めるのか?

http://www.dai46u.com/entry/wanabinoshinizama

すごいワナビがいた。この人に比べたら、私のワナビっぷりなどかわいいもんだと思わせられる。つまり、私は中途半端なこじらせワナビなのである。

私は親の教育のお陰もあってか?、破滅型人間ではなく、経済的困窮に陥る危険をおかすほど熱情に駆られることもない。ただし1,000枚超の改行なし小説を書いたこともこれまでない。

ワナビに目標を諦めさせるには、金銭的な援助を遮断するしかないというこの人の見解には、なるほどその通りだと思う。

そういう窮極のところまで行くことは私はないようだ。その意味では、経済面における自己制御機能を備えたワナビと言えるわけだが、逆に考えようによっては、このままズルズルといってしまい、老人ワナビというさらに痛々しい末路を辿る可能性もあるのではと思う。

ここではメモの自己目的化についても言及されているが、これも痛いほどわかる。私も小説の構想を何冊も書いた。さらに、私小説の材料にするために割と詳細な日記を毎日つけていて、あまつさえ西村賢太のように、大河のような私小説群を一生涯書き続ける構想を立てたりしているので、日記は永遠に終わらない。何だか、自分が、いつまでも年貢を納めようとしないでついに永遠の労働を与えられるシシュフォスみたいではないか。

しかし似たような状態に陥っている人を私は他にも知っている。立花隆『「知」のソフトウェア』に出ていた、材料だけを集め続けて何にも結実させられない人などもそうである。