杉本純のブログ

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一生懸命に勝つ芸はない!

『全集 黒澤明』(岩波書店、1987年)は、映画学校に入学する間際くらいだったと思うが、全6巻の箱入りセットで買った。その内の3巻と4巻は、黒澤映画が好きだった韓国の友人に十年以上前に贈った。だから私の家には現在、1、2、5、6巻の四冊だけがあるという変わった状態である。

今日は子供のイベントがあり、それを見てきたのだが、子供たちが一生懸命にやっている姿を見て、いいなあと思った。

そこでフと、黒澤明の言葉が頭に閃いた。

一生懸命に勝つ芸はない!

黒澤のこの言葉は、全集第1巻の398ページに載っている(手元の全集は第7刷、1998年)。黒澤の第2作『一番美しく』(1944年)の演出覚え書にある言葉だ。覚え書の初出は『東宝産報』1944年2、3月合併号。

この一文には鉛筆で波線が引いてある。これを初読した時、恐らく、すこぶる感動したのだろう。それ以外にもこの全集にはいたるところにアンダーラインが引かれていて、映画青年だった私が黒澤の言葉のはしばしから貪欲にエッセンスを抜き取ろうとしていたのが感じられる。

たしかに一生懸命に勝つ芸はないと思う。どんなに知識があって、技量があっても、一生懸命でなければそれらを発揮できない。また知識や技がなくとも、一生懸命であればすばらしいパフォーマンスができることがあると思う。

それにしてもこの全集、シナリオ以外にも黒澤の随筆や佐藤忠男による解題、批評史ノート、シナリオ注、製作メモランダなども掲載されていてかなり充実している。