水上勉『寺泊・わが風車』(新潮文庫、1984年)は、仕事で外出したついでに神保町に寄って購入した。もちろん古書。かつ、今やけっこう珍本だと思う。
表題作は第4回川端賞受賞作。雪の降りしきる漁村で、獲れたばかりのカニの即売する売場の人だかりの中に、脚の不自由な男を若い女が背負っている光景を見るが、これはもしかして父娘ではないかと思う…といった内容の、ごく短い作品。
主人公の娘が障害児として生まれたことが前に書かれているので、脚の不自由な父と娘のラストシーンがひときわ印象的になる。巻末の解説では「私小説」と書かれているが、実際に読むと、小説らしい筋はなく、回想記に紀行文を加えたような作品で、私小説というよりは随想といった感じ。
「寺泊」以外に、水上勉(1919-2004)の幼少の精神形成期や生い立ちがうかがえる短編が十数編、収められている。遊郭での童貞喪失や愛人との関係など、生々しい記憶を美化することなく書いていて好感が持てる。
ちなみに寺泊は新潟県の港町で、佐渡に最も近い。この小説の存在を知った後に新潟に行った時、魚を買いに行った。いい場所だった。