杉本純のブログ

本を読む。街を見る。調べて書く。

2020-07-01から1ヶ月間の記事一覧

佐伯一麦と映画3

映画『第三の男』が製作されたのは1949年である。この作品を佐伯一麦は少なくとも高校時代までに観ていて、それがきっかけで高校の図書館にあったグレアム・グリーンの全集を手に取ったそうだ。佐伯は1959年の生まれなので、映画公開後三十年以内に観たこと…

ある編集者の言葉

このところ、とにかく落ち着かない。コロナ禍が再び猛威をふるっているし、他にも公私ともに心配事が尽きない。 調べ物も書き物も、時間をつくってなんとか進めているのだが、どこか「作業」になってしまっているというか、深く思惟することができなくて、手…

佐伯一麦と藤原智美

佐伯一麦『からっぽを充たす』(日本経済新聞出版社、2009年)は、河北新報朝刊に2004年4月6日から2008年1月22日まで連載された随筆をまとめたもので、私見だがかなり重要な随筆集である。というのは、佐伯が随筆を発表するようになる以前の情報も豊富にある…

いわゆる「嫁ブロック」問題

これは人材市場でよく使われているらしい言葉で、夫が転職や独立起業に意欲を示しても、妻の方がさまざまな理由から反対することを指す。「嫁」が夫のチャレンジを阻止するから「嫁ブロック」である。 夫が妻を納得させられない、あるいは妻が夫を理解できな…

これではいかん。

ある作家が、小説や学問の本より随筆や評論めいた内容の本を多く出している事実を目の当たりにして、なんとも言えない感じがしている。 というのは、私自身が小説や研究の成果を中心にこのブログを展開しようとして、結局はエッセイの投稿数が最も多くなって…

自己批判と自己陶酔

以前ある文藝評論家と話した時に小説の文体の話題になり、文体の格調を最終的に保証するのは恐らくナルシシズムだろう、ということになった。当時の私は二十四、五歳で、松岡正剛や澁澤龍彦などを読んで心酔し、苦学生の自分にもどっぷり陶酔して、残念すぎ…

現代人の「一般教養」

大室正志『産業医が見る過労自殺企業の内側』(集英社新書、2017年)を読んでいる。電通の社員自殺事件を切り口にした、現代の会社員を巡る労働の情況を考察した本で、納得させられるところが多い。 私自身もクリエイティブの世界での就労経験があり、脳疲労…

数字を積み上げる2

このブログでは佐伯一麦に関する記事をカテゴリーを設けて掲載している。それがこのたび100件に到達した。読み返すと、我ながらけっこう色んな方面の調べ物をして記事化してきたんだな、と驚く。 会社勤めをしながら調べ物や書き物をするのは楽ではない(と…

図書館雑感

武田友紀『「繊細さん」の本 「気がつきすぎて疲れる」が驚くほどなくなる』(飛鳥新社、2018年)を図書館で予約したらなんと順位が105だった。一人が一度で2週間借りられるので、最長で210週間(約4年!)も待たなくてはならない勘定だが、幸い地元図書館に…

『航空写真集 新河岸川』

新河岸川についてあれこれとライフワーク的に調べているが、その過程で面白い本を見つけた。その名も『航空写真集 新河岸川』(建設省関東地方建設局 荒川下流工事事務所、1982年)。 B4サイズくらいの大型本で、ページ数は120に満たないが、ひたすら新河岸…

ライターと作家

北尾トロと下関マグロの『昭和が終わる頃、僕たちはライターになった』(ポット出版、2011年)に、作家とライターの違いに関する記述がある。 大学時代の2年後輩である町田が、妹の住んでいた部屋に居候してきたのは春先のことだった。町田は名古屋で堅い仕…

佐伯一麦の「青空と塋窟」2

佐伯一麦が仙台一高時代に出していた同人誌「青空と塋窟」のことが、佐伯の随筆集『からっぽを充たす』(日本経済新聞出版社、2009年)に書かれていた。本書は河北新報朝刊に2004年4月6日から2008年1月22日まで連載された随筆をまとめたものである。佐伯が「…

知の栄養源

前にも書いたが、このところ多忙のために読書時間が少なくなり、精神の余裕を失っていた。最近気がついたのは、読書だけでなくドキュメンタリー映像を見る時間も減っていたということである。私は映画でもテレビでも、国内外のドキュメンタリー映像作品をよ…

創作雑記23 「犬のように死ぬ」の是非

いま書いている小説の主人公はどうしようもない人間で、自身の不遇をはじめどんなことも他人のせいにして、自分の非力と怠惰を認めず、不満と愚痴ばかり口にしている。言うなれば『阿Q正伝』の阿Qであり、死ななくては直らない類いの愚かな人間である。 こん…

ライターのキャリア

以前、タイトルのようなテーマについて人の話を聴いた。その内容はどうということのない、ただその人(ライター)がそれまでどのようなキャリアを歩んできたか、という自己紹介に留まるもので、ライターのキャリアに関する事例や分析を含むものではなかった…

板橋区大門と『郷を拓く』

板橋区大門は、同区の高島平と赤塚と四葉に囲まれた小さな町で、「田遊び」で有名な赤塚諏訪神社があるところ。その中に「大門児童遊園」という、これまた小さな公園があるのだが、ここに1965年に始まり30年の歳月をかけて行われた区画整理事業を伝える竣工…

佐伯一麦と中沢けい

佐伯一麦や島田雅彦、小林恭二、山田詠美、川村毅、中沢けいなどの作家たちが二十代の頃に「奴会」という勉強会を開いていたのは、このブログで前に書いた。 佐伯は『月を見あげて』(河北新報出版センター、2013年)の「月の友 ―中沢けい」で中沢との思い出…

カキダシストとキリスト

佐伯一麦『月を見あげて』(河北新報出版センター、2013年)の「カキダシスト」は、小説、とりわけ短篇小説は書き出しが重要だということを述べた随筆で、書き出しのうまい作者をカキダシスト、結びのうまい作者をキリストだと宇野浩二が分類したことが紹介…

和田芳恵と佐伯一麦2

佐伯一麦の『蜘蛛の巣アンテナ』(講談社、1998年)の「土産の塩煎餅」を読んだ。これは「河北新報」に1995年3月30日に載った随筆だが、去る彼岸の日に茨城県の古河に行き和田芳恵の墓を訪ねたことが書かれている。渡良瀬遊水地の野焼きを見るのがもう一つの…

佐伯一麦と石和鷹

佐伯一麦の短篇「……奥新川。面白山高原。山寺。」は、『en-taxi』vol.31(2010年 winter)が初出で、その後『光の闇』(扶桑社、2013年)に収められた。 「……奥新川。面白山高原。山寺。」には「羽生烏」という変わったペンネームの作家が登場するが、これは…

「麦男」の存在

三か月くらい前、このブログで佐伯一麦と大江健三郎のことを書いた。それは佐伯『蜘蛛の巣アンテナ』(講談社、1998年)の「ペンネームについて」の、佐伯が大江と会った時のエピソードをネタにしたものだったが「ペンネームについて」にはもう一つ、佐伯に…

旧作の改新

何だか歴史上の事件みたいだが、これは私がいま取り組んでいる、かつて書いた小説を骨組みだけ維持しながら新しいものに書き改める挑戦のことで、まぁ私の歴史の中では一つの出来事と言えるかも知れない。 小説は書けば書くほどうまくなる、旧作なんて書き上…

最前線へ

気が多いので、やりたいことも多い。それであちこち何でも手を出して多忙になり、心身ともに疲弊してしまうという愚を犯している。やるべきことをtodoリストに書き出し、優先順位をつけて最重要のものに手を着けるのが良いのは分かっているのだが、なかなか…

悪い奴ほどよく眠る

朝日新聞の土曜版「be」に島田雅彦が寄稿していて、島田は「悪い奴ほどよく眠るといいますが」と書き、自分は一日10時間ほど眠ると書いている。 「悪い奴ほどよく眠る」は黒澤明の映画のタイトルだが、眠れば脳が良い状態に保たれるので、悪だくみをするのに…

書くことしかできない人

大沢在昌『売れる作家の全技術』(角川文庫、2019年)を、気になるところを拾いながら読んでいる。「編集者は新人作家に何を期待するか」という見出しがあり、私はまだ新人作家ですらないながら気になって読んだ。中で、作家の馳星周の言葉が引用されており…

意識高い系

「意識高い系」という言葉は世の中でかなり氾濫しており、揶揄の目的で使われることが多いようだ。主にビジネスの領域で、まだ成功を収めておらず実践行動も乏しいのに口だけ達者な人間に対して使われるようで、これはアートの領域に置き換えると「ワナビ」…

「脊髄反射的な言葉」

そんな言葉をTwitterの中で見つけた。言った人は人は、その言葉に対し「明日になれば忘れる」と批判的なようだった。つまり、今は多くの人がSNS上などで脊髄反射的に言葉を発して呼応しているだけで、言葉に重みがない、深い人間性が感じられない、といった…

余裕が次の余裕を生む

ここ数日間、かなり忙しくて心身ともに憔悴していた。お陰でブログを書く力をいつものように持続できず、いつもは記事を前日までに書いておいて予約投稿しておくのだが、当日のブログをその日に書くしかない状況に追い込まれ、更新が深夜に及んだことが数度…

マウンティングとテリトリー

マウンティングという言葉はすっかり一般に普及した感があるが、これは動物の世界でオスが他のオスに対し自分の優位性を示す行為に由来するらしい。つまり男にせよ女にせよ、人間である以上は本能的な欲求ということだ。 私は、マウンティングをする人の意識…

喪失と獲得

「喪失と獲得」という言葉がありますが、何かを失った人間が、何かを得ることによって一つの物語が出来上がる。そんな物語を人は求めているのじゃないでしょうか。 と、大沢在昌『売れる作家の全技術』(角川書店、2019年)の中で語られている。「喪失と獲得…